モンスターカレンダー

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小さな命

今週のこと。
友達から野良猫がいると電話が来た。

ボクの家で飼えないものか?という相談だったけれど、とりあえずその友達が引き取ることになった。

ボクの家は既にペットだらけだし、猫だけで6匹もいる。
上下関係の厳しい猫を飼うのは非常に躊躇われた。

おまけに当のボクは面倒なんて見ることも出来ない状態なので、きっと家族に了承を得ないといけない。
そんなところに別の友人が猫を育てたことがあるから飼いたいと申し出たらしい。

ボクは、その人に対して良くないイメージを抱いていたこともあり、本当に飼えるのか半信半疑だった。

かといって、ボクの家で飼えるわけでもなく最早見捨てると言うには関わり過ぎた。
個人的な想いとしては、最初に発見した家族が一番面倒が見れると判断したけれど、引越しを控えているので他人が無理に口を挟むことも出来ない。

何ともやるせない気持ちでいっぱいだった。
けれど、猫が無事に元気になってくれればそれで良い。そう楽観視していた。
翌日。

最終的に引き取っていた人からご飯を食べないし排泄もしないと泣きがあった。
ボクは最初に発見した家族経由で話を聞いたけれど、おそらく離乳期の猫なんて飼ったことが無かったんだろう。

やっぱり最初に発見した家族が引き取るべきじゃ・・・何度もそう訪ねてみた。
でも大人の事情はつき物だし、今更返せとも言いにくいのも事実。

やがて名も無き猫は衰弱していった。
原因は一日中人間の遊び道具にされたことだろう。

食事まともにあげられない人間が可愛いと言う理由でずっと玩具にしているらしい。

やばいかもしれないな。
そう思いながらもボクには何もしてあげられない。
偽善だと言われても認めるしかない。

所詮は守るべきキャパがもう無い情けない男だから。

そうして日曜日。
もうどうして良いかわからないと泣きついて発見した家族の元に名も無き猫は帰ってきた。

ボクは電話でその様子を聞いた。

とりあえず多少、痩せているが反応はある。
病院でも元気はあるから大丈夫とのこと。

もう出来ることと言えば、静かに療養させることしかないだろう。
ガリガリに痩せてなければ、あとは体力が戻ることを祈りつつ水分を与えるしかない。

ボクはそう判断して夕方に様子を見に行くことにした。

そして昼頃に電話。

名も無き猫は静かにこの世を去った。

まだ楽しい事も知らぬまま。
世界の少しも知らぬまま。

急いで友人宅に行ってみると既に死後硬直が始まっていた。
支度を整えて信号無視をしてバイクを飛ばしている間ずっと、何かの間違えだったらいいのに。
そう願い・・・続けていた。

でもいつも通りボクの願いなんてものは神様なんて信じてないボクには訪れることも無かった。

まだ、手のひらに収まるほどの小さい命。

数日前にはご飯も食べて排泄もして、元気に走り回って、可愛く鳴いていたのに。
ボクは話と写真しか見てないけれど、わずか数日前まで元気にしていた小さき命をいったい誰が奪ったのだろうと憤慨した。

人間の愚かな欲望とくだらない自信の罪をかぶってしまった名も無き猫。
いったい誰がこの命を奪う権利があるのだろう。

人間の命を奪って罪を問われるのになぜ猫の命を奪って罪を問われないのだろう。
人の命とこの小さい命と何が違うのだろう。

やるせない気持ちのまま埋葬に行った。
生きている姿を一度も見ないまま猫はボクの手によって暗く誰もいない冷たい土の中へと還っていった。

子供は言う。
新しい猫を飼えば良いんだよ。
病院連れて行けば治るんだよ。

腹の底から怒鳴りつけてやりたい気持ちだった。
そうやってものも大事に出来なければ、命も大事に出来ないのかと。
命は玩具と違って替えが無いんだと。

でも子供には命の重さはわからないんだろう。
それよりも大人が自分の玩具にして命を奪った事実を当人たちはどう考えているのだろう。

きっと、ペットショップに行けばもっと可愛い猫がいるから。とでも考えているのだろうな。

動物も人間も自分以外の生き物は自分の所有じゃないんだ。
ゲームのようにやり直しも出来ないし、玩具のように同じものは無い。
従順な猫一匹まともに飼えない人間が人の面かぶって偉そうにしてるんじゃないと腸が煮えくり返る想いだ。

ホントにホントに・・・人間なんて嫌いだ。

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コメント(2)

ご無沙汰しております。

よしおさんと同様あまりもの怒りを抑えきれずにコメントしました。

なんて無責任な行動たるや!怒りを抑えられません。

離乳期の子猫(他の動物でもおなじですが)を素人が飼う事、事態無謀ですが
それよりも、命というもののなんたるかをわかっていないことに怒りを感じます。

先頃、動物に対する虐待などの事件が多い中
私が思うことは、加害者に被害者と同じ状況を味あわせたいと言うこと。

自身の身をもって、同様の苦渋をあじわえ!!

そうしなければ、命の本質がわからない。

・・・失礼。少々乱暴な文面になってしまいましたが
非常に残念です。。。

>黒猫さん

ども。ご無沙汰です。
近々お会いしとうございますなぁ?。

さてさて・・・ボクの日記を読んで憤慨してしまったご様子で申し訳ないです。

ボクも考えました。
動物に対して人に対して心無い行動をとる人間が、自分が同じことをされたらどう感じるのか?
同じ目にあわせてやりたい!!とも思ったこともあります。

きっとジャイアニズムと言う言葉が生まれてからきっとその考えは決して間違っていないと言う認識に摩り替えられ続けているように感じます。

最近思うのは、世の中の大人達が「俺が若い頃はな・・・」と説教をするけれど、きっとその人は若い頃に同じ事を言われ嫌な気持ちになった筈。

自分がされて嫌だったことは、いつか自分も人にしても良い。そんな考え方が日本人に定着しているように感じます。

ホント・・・その場に当人がいたら全力でぶん殴ってましたわ。

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